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2020年7月12日日曜日

世界一・日本一の「姫路城」

世界一・日本一の姫路城

姫路城は、1609年(慶長14年)池田輝政公が築きました。選地(せんち:城を築く場所のこと)にあたっては、三方が山に囲まれ、東は市川、西は夢前川の中央に位置し、交通の要にあるこの地が城を築くのに最も適していたからだそうです。通常、城の縄張りには、「梯郭式(ていかく)」奥に進むほど高くなる構造、「連郭式(れんかく)」大手から三の丸・二の丸・本丸と列になっている構造、「環郭式(かんかく)」本丸を中心に外側へ、輪のように二の丸・三の丸が広がっている構造「渦郭式(かかく)別名:螺旋(らせん)式」三の丸から渦巻状にぐるぐる回って二の丸・本丸にたどり着く構造、以上、4種類あります。姫路城の縄張りは、大天守を中心に南の平野部へ左巻きに渦を描きながら螺旋状に広がった「渦郭(かかく)式縄張り」で、日本の城の中では江戸城と姫路城だけの珍しい縄張りだそうです。
姫路城は、1993年(平成5年)12月11日我が国初、世界文化遺産に登録されました。
姫路城は、1951年(昭和26年)6月9日国宝に指定されました。
建設時期:安土桃山時代
<問合せ先>
姫路城管理事務所
☎ 079-285-1146


2019年11月18日月曜日

マッチの生産量日本一・姫路市

マッチの生産量日本一・姫路市

マッチは、1875年(明治8年)東京で始まり、国内市場を満たすと輸出中心となり、貿易に有利な大阪・神戸近辺に業者が集積。その後、輸出が不振となり、外国企業の進出、過当競争等の苦難を乗越えるため、1952年(昭和27年)調整組合の設立により克服。設備の近代化により業界の体質改善にも成功。1970年代、使い捨てライターの普及による需要が落ち込み、その対策として、土地の有効活用(駐車場、テニスコートなど)やラベル印刷技術を活かした印刷業界への転身、広告マッチ販路を活かした販促商品の開拓(紙おしぼり、ティッシュぺーパーなど)、他分野へ経営転換や多角化を促進した。生産地は,神戸から西へ移り、国内の90%が姫路市で生産している。また、2005年(平成17年)、国産マッチ生誕130周年記念式典が神戸で開催された。


2019年11月17日日曜日

膠(にかわ)の生産量日本一・姫路市

膠の生産量日本一・姫路市

にかわ製造業は、日本最大の皮革産地である姫路・龍野地域において、原材料の皮革屑や牛骨等の入手が容易であったことから、明治の初めに姫路市周辺に興った。姫路周辺でも網干地区は20世紀初めに大規模産地として有名になった。さらに産地は、明治40年代から大正期にかけて余部、飾磨、御着などに広がり、昭和に入ると龍野、三坂も加わった。当初は農家の副業的なものであったが、大正になって企業化され、産地としての体勢が整った。その後、昭和32年には企業数が78に増え、全盛期を迎えた。
にかわの主な用途は、紙器(紙箱、製本、事務用品)、紙管(紙、布や繊維などの巻き芯や郵送用の円筒等)、サンドペーパー等の研磨紙、マッチなどである。また、和にかわ(三千本膠、京上膠など)は文化財の修復、日本画、製墨、和紙、湊工芸、紙人形、版画、ガラス工芸等の伝統産業に大きく貢献している。ゼラチンの用途は、食用(デザートや菓子、清酒などのアルコール類の清澄剤、ハム等の粘着剤)、医薬用(カプセル、ハップ剤、錠剤等)、写真用(各種フィルム、印画紙、コロタイプ印刷等)、工業用(感圧紙、製本用接着剤等)、化粧品用(ポリペプタイドとしてシャンプー、クリーム、ローション等)など。コラーゲンペプチドは健康食品、化粧品等に幅広く利用されている。
姫路・西はりま地場産業センターの「にかわ・ゼラチン」から抜粋
西姫路にかわ皮革産業協同組合
☎ 079-274-0111
姫路市網干区福井45


2019年11月16日土曜日

鎖の生産量日本一・姫路市

鎖の生産量日本一・姫路市

姫路市白浜町を中心に40社の鎖の製造業者があり、全国の約70%を生産しています。ここ白浜町では、徳川中期、松原釘の火造鍛造技術が発達、明治中期には船釘の製造が主流になり、明治末期、姫路市白浜町出身の瀬川長蔵氏が大阪で製鎖業を営み、受注量が増大し、大正初期、姫路市木場に工場を建設したのが始まりといわれています。 姫路の鎖は、線径が数十ミリから飾りチェーン等の細かいものまであり、材質もアルミ製品など多様化している。
近畿製鎖協同組合
☎ 079-245-1471
姫路市白浜町402


2019年11月15日金曜日

油菓子の生産量日本一・姫路市

油菓子の生産量日本一・姫路市

油菓子は長崎に伝えられたものが全国各地に広がったものですが、姫路では、藩主・酒井忠以の時代以降、藩の援助育成のもと、全国各地から集められた良質の小麦粉や菜種油等を使ったのが「姫路駄菓子(油菓子・カリントウのこと)」で、昭和初期まで姫路市の船場本徳寺の門前に駄菓子屋が軒を連ねていましたが、戦災で焼失。業者も市内各所に分散しました。戦後は、全国各所にあった業者が減少する中、姫路の油菓子「姫路駄菓子」は、全国で有名となり、その名を馳せることとなりました。1952年(昭和27年)姫路菓子同業組合が設立され、品質の向上や販売方法の研究などを行い、数年おきに開催される全国菓子大博覧会にも出展し、名誉総裁賞など数多くの賞を受賞しました。
<購入先>
郷土名産コーナー・姫路の宝蔵
☎ 079-283-7237
姫路市本町68家老屋敷跡公園・いの屋敷