池田輝政
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池田輝政が築城した姫路城
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尾張国清洲(愛知県清洲町)の生まれで、信長の重臣・池田恒興の次男。1580年、荒木村重の属城・花熊城(神戸市)攻めに参陣。1584年、小牧・長久手の戦で父・恒興と兄・元助を亡くし、家督を継ぎ、大垣城主となる。1594年、秀吉の計らいにより徳川家康の娘・督姫(とくひめ)を継室(けいしつ)に迎え、5男をもうけ松平姓を許されました。後に、神君の婿・姫路宰相百万石・西国将軍などと称されました。1600年、関ケ原の戦で東軍に属し、織田秀信のこもる岐阜城を攻略し、その功績で播磨・姫路52万石、弟・長吉が因幡・鳥取6万石。1603年、次男・忠継が備前28万石。1610年、三男・忠雄が淡路6万石を与えられ、一族合計所領高が92万石となる。
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