置塩城跡
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史跡・置塩城跡
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置塩城は、標高370mの城山山頂部に、東西約600m、南北約400mに広がる播磨最大規模の山城です。山上には、曲輪、通路、石垣、土塁などの遺構もよく残り、2001年~2005年に行われた発掘調査では、主郭から礎石や庭園、築地土塁を持つ格式の高い屋敷跡が確認されています。また、伝本丸からは基礎を塼瓦(石畳のように土間や地面などに敷き並べる平たい瓦のこと)で区画した天守に似た櫓状の建物も発見されています。1441年、嘉吉の乱後に赤松宗家を再興した赤松政則が播磨守護に就き、1469年(文明元年)に築城しました。以後、義村・晴政・義祐・則房の五代にわたり、置塩城を赤松家の本城としました。1580年(天正8年)、播磨を平定した羽柴秀吉は、翌年、播磨国内の置塩城他の破却を命じ、1585年(天正13年)則房が阿波へ移封されるまでの間に置塩城は廃城になったと考えられています。
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2019年10月22日火曜日
国指定史跡「置塩城跡」
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