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2020年5月15日金曜日

天徳山龍門寺 写真集

天徳山龍門寺 写真集

龍門寺境内図
大門
唐門・不動堂
開山堂
水掛一願不動尊
庫裡
大方丈
通玄庭(つうげんてい)
禅堂
地蔵堂
観音堂
鐘楼
天徳山龍門寺
姫路市網干区浜田812


2019年12月9日月曜日

蒲田神社

蒲田神社

蒲田神社は、約1600年前応神天皇が播磨巡幸の際、駐輦(ちゅうれん)された跡に社を建てたことが起源とされています。当時は、誉田明神あるいは堀田社と呼ばれていたそうです。1875年(明治8年)蒲田神社と改称された。この神社の絵馬は、1684年から奉納されています。また、狛犬は姫路独特のものだそうです。
蒲田神社
姫路市広畑区蒲田410-1



2019年6月5日水曜日

田捨女が創建した「不徹寺」

田捨女が創建した不徹寺

不徹寺(ふとくじ)は、1688年(元禄元年)嶺雲貞閉比丘尼(れいうんていかんびくに:丹波柏原生まれ、田捨女(でんすてじょ)の法号)が創建しました。当時捨女は、元禄の4俳女(女流俳人)・古今俳譜女三十六俳仙に数えられるほど高名でした。41歳の時、夫が死去。剃髪(ていはつ:頭髪を剃ること)し、浄土宗の尼僧として上京。盤珪禅師に帰依(きえ)し、網干に移り、貞閉(ていかん)に改名。66歳で死去されました。貞閉は、「貞門六俳仙(松永貞徳門下の六人の優れた俳人)」に数えられ永久に讃迎(さんぎょう:ほめたたえてあおぐこと)された女性で、郷土の誇りとして今でも伝えられています。六歳で詠んだ「雪の朝」(雪の朝、二の字二の字の、下駄のあと)の句は全国で知られています。網干に移ってからは、尼衆を指導し、不徹庵定規や盤珪説法、自伝が遺されています。特に、貞閉庵自作の歌解説の筆跡の美しさには心をうたれます。
本殿
<田捨女の子孫>
田捨女の子孫は、著名人も多く財界人の田艇吉(でんていきち)、枢密院(すうみついん:天皇の諮問機関)顧問官・閣僚を歴任した男爵の田健治郎、参議院議員の田英夫さんらがいる。
☎ 079-272-0823
姫路市網干区浜田632



2019年6月4日火曜日

播州名物茶席として有名な「天徳山・龍門寺」

「天徳山・龍門寺」

鐘楼
禅堂
不生庭(ふしょうてい)
盤珪禅師(ばんけいぜんじ)が丸亀藩主・京極家の保護と網干の豪商・佐々木家の援助を受け、1661年(寛文元年)創建した寺で、播州屈指の禅宗寺院です。当時、龍門寺派の寺院は全国で約百ケ寺に及び、僧1,300人・善男善女約6,000人の参拝があり、浜田村の農家の納屋にまで泊まったと伝えられています。今でも寺内には20余の堂塔寮舎(どうとうりょうしゃ)があります。盤珪は浜田村で生まれ17歳で出家、全国を修養し、難解な禅をやさしく説き多くの信者を得ていました。1764年(明和元年)火災にあいますが、それ以前の建物も多く、17棟が姫路市指定文化財に指定され、堂内にも県や市の指定文化財が多くあります。
献茶式法要
献茶式法要
毎年4月3日・4日
直径50cmの大茶椀を隣席からの助けられていただく、播州の名物茶席として広く知られています。

☎ 079-272-1276
姫路市網干区浜田812



2019年6月3日月曜日

何故、姫路に「丸亀藩陣屋門」が・・・

丸亀藩陣屋門

丸亀藩陣屋門
龍野藩主・京極家が四国・丸亀に移封されても興浜や浜田の地は、丸亀藩の飛地となり、京極家の領地でした。この興浜の陣屋には、郡代や郡奉行が派遣され、藩の屋敷などがありましたが、1870年(明治3年)取り壊されました。この建物は老朽化した陣屋門を参考に、1987年(昭和62年)改築されたものです。
1580年(天正8年)、羽柴秀吉から網干を含む揖東郡・壱万石を与えられた黒田官兵衛は、そのお礼にと秀吉を網干に招待。松が生い茂る揖保川河口の沖之浜洲の陣屋で大茶会を催したところ、秀吉の席の近くの大松に一羽の鶴が見事な巣をかけていることから、秀吉が陣屋を「鶴松亭」にするように命じたそうです。
鶴松亭の碑
姫路市網干区興浜



2019年6月2日日曜日

提灯祭りの「魚吹八幡神社」

魚吹八幡神社

楼門
拝殿
魚吹神社(うすき)の祭神は、息長足姫命、品陀和気命、玉依比売命。創建時期は不明。平安時代末期に石清水八幡宮の別宮となり、魚吹八幡神社と呼ばれるようになり、網干津にあるので「津の宮」とも呼ばれています。

魚吹八幡神社の提灯祭り

提灯練り
魚吹八幡神社の秋祭りは、「提灯祭り」といわれています。提灯の列が神社の楼門にさしかかったとき、互いの提灯を叩き合い「提灯練り」が始まります。若衆の叫びと群衆のどよめき、竹を打ち鳴らす音が激しさを増し、祭りは最高潮となります。2007年(平成19年)3月に「兵庫県指定重要無形民俗文化財」の指定を受けました。
姫路市網干区宮内193



2019年6月1日土曜日

国指定史跡「瓢塚古墳」

瓢塚古墳

瓢塚古墳(ひさごづか)は全長約100mで、最古式の古墳としては播磨最大の規模の古墳です。後円部の南縁には、長さ2m以上、幅約1.3mの竪穴式石室があります。
<国指定史跡>
1978年(昭和53年)、瓢塚古墳が国指定史跡に指定されました。
姫路市勝原区丁字家久田



2019年5月31日金曜日

日本製鉄株式会社 「京見会館」

京見会館(非公開)

1941年(昭和16年)日本製鐡㈱広畑製鉄所の迎賓館として造られました。設計は、フランク・ロイド・ライト(旧帝国ホテル設計)の一番弟子・遠藤新(あらた)氏で、大型客船のキャビンを模して造られたリビングルームや広い洋風のダイニングルームが特徴です。(一般公開中 ☎ 079-236-4976)
姫路市広畑区京見町3



2019年5月30日木曜日

北野天満宮から勧請された「廣畑天満宮」

廣畑天満宮

715年以前に祀られていた「廣辻神社」に始まり、現在、廣辻神社は廣畑天満宮の境内社になっています。1869年に京都の北野神社(現・北野天満宮)から勧請し、播磨国飾西郡(しきさいぐん)廣畑村の氏宮「天満社」として建立されました。それで地名を北野町と名付けたそうです。神社の東を流れる夢前川(ゆめさきがわ)沿いに祀られていた蛭子大神と天児屋根命を迎え合祀しました。
☎ 079-236-0853
姫路市広畑区北野町2-3