2020年3月31日火曜日

播州皿屋敷

播州皿屋敷・あらすじ

お菊神社
室町時代末期、播州姫路が舞台となった「播州皿屋敷」、姫路にはお菊神社(十二所神社内)、姫路城内にはお菊井戸(姫路城の上山里丸広場)が現存します。この播州皿屋敷は、歌舞伎(1720年京都)や浄瑠璃(1741年大阪)、映画など数多く上演されています。
姫路城・お菊井戸
播州皿屋敷は、約450年前の室町時代末期、姫路城主・小寺家の家臣・青山鉄山が城主を毒殺し、城を乗っ取ろうと企てていました。それを察した姫路城の忠臣・衣笠元信(きぬがさもとのぶ)は、愛人のお菊を鉄山の屋敷の女中にし、鉄山の息子・小五郎から父の陰謀を聞き出すことに成功しました。この知らせを受けた元信は、鉄山の陰謀を阻止することができました。その後もお菊は、鉄山の屋敷で探り続けていましたが、鉄山の仲間町坪弾四朗(ちょうのつぼ だんしろう)に気づかれてしまいます。美人のお菊に以前から好意を持っていた弾四朗は、「黙っている代わりに自分のものになれ」と言い寄りますが、お菊は聞き入れず、弾四朗に折檻(せっかん)されだします。それでも言うことをきかないお菊を憎らしく思い、ある日、お菊が鉄山から預かる「10枚揃わないと意味がない、家宝の皿」を一枚隠し、大事な家宝の皿をお菊がなくしたと罪を背負わせ、お菊を殺し、庭の井戸に捨ててしまいます。それから毎晩、井戸の底から悲しげな女の声で、「一枚、二枚、三枚、四枚、五枚・・・」と皿を数える声が聞こえるようになります。これが「お菊井戸」です。

絶世の美人だった「お菊さん」

その後、「お菊さん」が絶世の美人だったという噂が広がり、恐々一目見ようと毎晩若い男たちが、皿屋敷の井戸に集まったそうです。
日本経済新聞「もっと関西」で「播州皿屋敷」が掲載されました。日経新聞「播州皿屋敷」
お菊神社(十二所神社内)
姫路市十二所前町120


0 件のコメント:

コメントを投稿