2026年4月12日日曜日

臨済宗禅僧「盤珪(ばんけい)国師」

臨済宗禅僧「盤珪国師」

 

 

龍門寺

盤珪さんは、正式には「大法正眼国師盤珪永琢禅師大和尚」で、通称「盤珪さん」と地元で親しまれています。
盤珪さんは、1622年(元和8年)現在の姫路市網干区浜田に生まれ、72歳(1693年)で網干・龍門寺で示寂されました。その教化は播州を主に、江戸・四国・九州にまで及び、弟子400余名、法名を授かって在俗の弟子5万余人「生身の釈迦」と仰がれました。
当時の江戸幕府は、キリシタン禁制に加えて、仏教も新寺建立を禁じていましたので古寺を再興するしかなかったのですが、このような時代に、廃寺を復興すること四十七ヶ寺、勧請されて開山となる寺は百五十ヶ寺とあり、如何に盤珪さんが尊崇されていたか伺えます。

10歳の時に父と死別し、母と兄に育てられる。兄により地元の学校に入れられる。師である儒学者に「大学」を学び、「大学の道は、明徳を明らかにするにあり」という一文につまずく。「明らかな徳を明らかにする」という意味が分からず、どの先生に聞いても納得のいく答えが返ってこない。ある儒者からそんな難しいことは禅僧が良く知っている。と言われ禅に取り組むことになる。17歳のとき、臨済宗妙心寺派随鴎寺(赤穂市加里屋寺町)の雲甫和尚に参禅。ここで出家し、永啄という法名を与えられ、激しい修行に取り組む。

 

盤珪国師

生誕1622年 ⇒ 死去1693年 享年72歳

 

 


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