2020年1月13日月曜日

姫路城下・町名由来 1

五十音順
姫路城下・町名由来

新身町(あらみまち)
新たに鍛えた刀で、新刀を売る店があったことから名付けられた。

魚町(うおまち)
城下町において職業別集住制が行われ、鮮魚店や飲食店が多く、人々の飲食欲を満たしたことから「魚町」と呼ばれた。地元の人達には「ととまち」と親しまれている。

神屋町(かみやちょう)
上質の紙を生産していて、周辺に紙屋が多かったことから名付けられた。

亀井町(かめいちょう)
江戸時代は「小手屋町(こてやまち)」と呼ばれ、籠手(こて)などの具足を扱う店があった。その後、たまたま長寿吉兆の生き物「亀」のいる井戸が見つかり「亀井町」と呼ばれるようになった。

京口町(きょうぐちまち)
京都方面への出入口になっていることから「京口町」と名付けられた。

久保町(くぼちょう)
この地は、江戸時代・福中村字落窪を地名とする湿地帯で、これを埋立て食品卸売問屋街「久保町」が誕生した。

国府寺町(こおでらまち)
国府の山辺は桜木山。現在の姫山のことで、なぜ国府に寺がついたのかは不明。

五軒邸(ごけんやしき)
農家が五軒あり、五軒屋といわれていたので名付けられた。

呉服町(ごふくまち)
城下町において職業別集住制が行われ、呉服商が多く住んでいたことから名付けられた。

紺屋町(こんやまち)
城下町において職業別集住制が行われ、染物屋が多く住んだ事から名付けられ東西にあったそうです。

堺町(さかいまち)
上寺町・上久長町・竹田町の境にあったことから名付けられた。また、正明寺の寺領四至(しし)の境にあったから名付けられたとも言われている。

坂田町(さかたまち)
この辺りは田んぼで、一方が高く一方が低かったので名付けられた。

坂元町(さかもとまち)
書写山の麓の「坂本」にいた刀鍛冶の集団が移住してきたので「坂元町」と名付けられた。

塩町(しおまち)・大蔵前町(おおくら)
西に船場川が流れ塩蔵・米蔵が多く立ち並び、東の元塩町に対して、西塩町、大蔵前町と名でけられた。1984年(昭和59年)の区画整理で竪町、恵美酒町、西塩町、西魚町、福中内新町、新身町、十二所前町の各一部を統合して「塩町」となった。

忍町(しのぶまち)
ここにあった「薬師寺」を飾西郡栗山村に移し、その後を侍屋敷とし、忍びの者を置いたので名付けられた。

十二所前町(じゅうにしょまえまち)
小彦名尊を祀る十二所神社があり、その神社の名前から名付けられた。

白銀町(しろがねまち)
銀を製錬した吹銀所の白銀台があったからという説と昔、銀を平たい小判型にして、贈り物などにしたが、これを銀子・白銀と呼び、扱う店を「銀子屋」といったことから名付けられたともいう。

竹田町(たけだまち)
町人町で江戸時代からある町名で、家の並びが一軒ごとに食い違って。ノコギリも刃のようになった町筋が今も残る。
(参考:新・姫路の町名)


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